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大阪高等裁判所 昭和38年(う)727号 判決 1963年10月03日

控訴人 原審弁護人 邑本誠

被告人 松岡操

検察官 西川伊之助

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は弁護人邑本誠作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

第一、原判決中禁錮刑を言い渡した部分(原判示第一、第二、第四の(一)、(二))について

一、控訴趣意の一の(1) について

論旨は、原判示第二の点につき、被告人は本件事故当時兄の経営する木工所に工場責任者兼職長として勤務していた者で、当日その勤務を終わり、本件自動車を運転して妻の実家へ赴く途中本件事故を起したのであつて、本件自動車の運転と被告人の業務とはなんらの関係もないから、被告人の罪責は単に過失傷害の限度にとどまるべく、業務上過失傷害の責を負うべきいわれはない、といつて、その事実誤認、法令の解釈適用の誤りを主張するものである。

しかしながら、刑法二一一条前段にいわゆる業務とは人が社会生活上の地位に基づき反覆継続して行う行為で一般に他人の生命、身体等に危害を及ぼすおそれのあるものをいうのであるが、その行為が職業として又は職業に関連してなされたものであるかどうかはこれを問わないものと解すべきである。ところで、原審において適法に取り調べた被告人の司法警察職員(三通)及び検察官に対する各供述調書によると、被告人は昭和三一年頃から自動車の運転を習い始め、その後しばしば各種自動車を運転していたものであつて(その間自動車の無免許運転により二回処罰されたことがある)、現に本件犯行の直前にも別の四輪貨物自動車を運転走行して勤め先の用務を果した事実が認められるから、被告人は本件犯行当時自動車運転の業務に従事していたものであることが明らかである。してみると、被告人の本件自動車の運転も右業務の一環としてなされたものというのほかなく、右運転が所論のように職業と無関係になされたとしても、なお、本件過失が業務上の過失ではないということはできない。従つて、被告人の本件過失を業務上の過失と判断し被告人に対して業務上過失傷害罪の成立を認めた原判決には所論の如き事実誤認又は法令の解釈適用の誤りはない。

二、控訴趣意の一の(2) について

論旨は、原判示第一の点につき、被告人は本件自動車に試運転用の臨時運行板をつけ臨時運行経路を進行していたのであるから、無免許運転の罪が成立するいわれはない、といつて、事実誤認、法令の解釈適用の誤りを主張するものである。

ところで、道路運送車両法四条によると、同条所定の自動車(本件自動車もこれに含まれる)は自動車登録原簿に登録を受けたものでなければ運行の用に供し得ないこととされているところ、同法は特にその三四条ないし三六条に例外規定を設け、所定の行政庁より臨時運行の許可を受けた自動車については、臨時運行許可番号標を表示し、かつ、試運転等所定の目的で指定された経路にかぎり、右登録を受けないで、これを運行の用に供することができるものとされているのである。他方、自動車の運転免許については道路交通法八四条以下及びその関係下部法令に定められているのであるが、そこには臨時運行許可を受けた自動車を運転する場合には運転免許を必要としない旨の規定は全くないのである。要するに、自動車の臨時運行の許可は、単に自動車登録原簿への登録を受けないで当該自動車を運行の用に供することを許容するだけのものであつて、運転免許を受けないでその自動車を運転することをまで容認するものではない。所論はこの点につき誤つた解釈を採り、これを前提として原判決の事実認定ないし法令の解釈適用を非難するものであつて、採るに足りない。

三、ところで、職権をもつて調査するのに、原判決の法令の適用欄及び主文をみると、原判決は、その判示第一の事実につき道路交通法六四条、一一八条一項一号、一二二条を、同第二の事実につき刑法二一一条前段を、同第四の(一)の事実につき道路交通法七二条一項前段、一一七条を、同第四の(二)の事実につき同法七二条一項後段、一一九条一項一〇号をそれぞれ適用し、そのうち第一、第四の(一)、(二)の各罪については所定刑中各懲役刑を、又第二の罪については所定刑中禁錮刑をそれぞれ選択し、以上の罪と罰金のみにあたる原判示第三の罪とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして併合罪の加重をしたうえ、右懲役刑及び禁錮刑を選択した分につき被告人を禁錮八月に処したことが明らかである。ところが、原審において適法に取り調べた前科照会書の回答欄によると、被告人は昭和三五年二月二九日大阪地方裁判所で窃盗罪により懲役二年に処せられ昭和三六年一一月二二日その刑の執行を受け終つていることが認められるから、懲役刑を選択した第一、第四の(一)、(二)の罪は右の前科に対し同法五六条一項にいわゆる再犯の関係にあることが明らかであり、しかも、同法七二条によると併合罪の加重に先立ち再犯加重をすべきこととされているのに、原判決は前記のとおり各罪につき刑を選択したうえ直ちに併合罪の加重をしていて、前記懲役を選択した各罪につき再犯の加重をした跡は全く見られない。従つて原判決には誤つて再犯加重に関する同法五六条一項、五七条を適用しなかつた違法があるというのほかはない。しかも、右の各罪につき再犯の加重をすると、その懲役刑の長期は第一及び第四の(一)の罪が二年、第四の(二)の罪が六月となるから、これらの罪と禁錮刑を選択した第二の罪(その禁錮刑の長期は三年である)とにつき同法四七条を適用して併合罪の加重をする場合その加重の基準となる最も重い罪は懲役刑を選択した右第一又は第四の(一)の罪であることが同法一〇条一項但書に照らし明白であり、従つて、右第一、第二、第四の(一)、(二)の各罪に関する部分については、被告人に対して懲役刑を言い渡すべく、禁錮刑を言い渡す余地は全くないのである。ところが、原判決が被告人に対して禁錮刑の言渡をしたことは前記のとおりであつて、これは、ひつきよう、懲役刑を選択した各罪につき誤つて再犯の加重をしなかつた結果、禁錮刑を選択した第二の罪を最も重しとし、その刑に併合罪の加重をしたためであると思われる。してみると、原判決が右の如く再犯の加重をしなかつた違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決中右第一、第二、第四の(一)、(二)の部分は破棄を免れない。

第二、原判決中罰金刑を言い渡した部分(原判示第三)についてまず職権をもつて調査するのに、原判決は、罪となるべき事実の第三として、「被告人は前記日時(昭和三七年一一月一五日午後五時三〇分)頃、前同自動車を運転中大阪市生野区新今里七丁目六八番地先道路を時速約二〇粁で北進中進路右側に駐車していた田中竜郎所有の軽四輪車の左側を通過する際、酒に酔い前記の如き状態で運転を継続していた過失によりハンドル操作を誤り同車右側に自車右前部を接触させよつて右車両に修理費約一万三、三〇〇円を要する損傷を与え、もつて他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転した。」と判示し、右事実はいわゆる安全運転義務に違反するものとして、道路交通法七〇条、一一九条二項、一二二条を適用している。ところで、有罪の言渡をするには、罪となるべき事実として、その適用する刑罰法令各本条所定の犯罪構成要件に該当する具体的事実を明白に示さなければならないことは疑問の余地がない。そこで、右挙示の各法条をみると道路交通法七〇条は、「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。」と規定し、同法一一九条二項は、過失により右七〇条の規定に違反した者はこれを五万円以下の罰金に処する旨を規定し、さらに、同法一二二条は、その一項において、右七〇条の違反に際し違反者が酒気を帯びていたときは右罰金刑の多額を二倍に加重することができる旨を規定し、二項は罰金のみにあたる本件には関係のない規定である。従つて、被告人の行為が右七〇条、一一九条二項、一二二条一項に該当することを示すためには、当該行為が過失によるものであること及び被告人がその行為当時酒気を帯びていたことを判示するに先立ち、まず何よりも、その行為が右七〇条に違反するものであること、すなわち、被告人が本件自動車のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作しなかつたとか、道路、交通、車両等の状況からみて他人に危害を及ぼす虞のある速度又は方法で本件自動車を運転した旨を具体的に判示しなければならない。そこで、原判示をみると、その末尾には前記のとおり「他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転した」旨判示しているが、これは単に前記七〇条の文言を借りてした法律上の判断に過ぎず具体的事実の摘示とはいえないから、これを除くと、速度の点については、当時被告人が時速約二〇キロメートルで北進していた旨の判示があるだけで、それが他人に危害を及ぼす虞のあるものであることをうかがわせるに足る状況の記載は全くなく、又、方法としては、単に「ハンドル操作を誤り」とあるだけで、具体的にどのような操作をしたかを判示していないから、その操作が果して道路、交通及び当該車両等の状況(この状況も判文上明確にされていない)に照らし他人に危害を及ぼす虞のあるものであるかどうかは判文上確知し得ない。もつとも、原判決は、(1) 被告人は酒に酔い前記の如き状態(これは、原判示第二の文言を受けて、「注意力が散漫となり前方注視が不十分となつた」状態をいうものと思われる)で本件自動車の運転を継続していた過失のあること、及び(2) 田中竜郎所有の自動車の右側に自車右前部を接触させ、よつて右車両に修理費約一万三、三〇〇円を要する損傷を与えた旨を判示しているが、しかし、このうち、(1) の判示は単に本件行為が過失によるものであること及びその過失の内容、ならびに、当時被告人が酒気を帯びていて道路交通法一二二条により刑を加重し得る場合であることを明らかにしたに過ぎず、又(2) の判示は本件行為の結果(これは単に情状的事実に過ぎない)を明らかにしただけであつて、同法七〇条の違反となるべき行為自体を判示したものとは解し難い。(特に、右(1) にいわゆる「酒に酔い注意力が散漫となり前方注視が不十分となつた状態で自動車の運転を継続した」ことをもつて違反行為の内容をなすものと解することは妥当ではない。けだし、もしそのように解すると、それはむしろ道路交通法一一八条一項二号にいわゆる酒酔い運転にあたる事実を判示したこととなり、もはや本件に対しては安全運転義務違反に関する罰条を適用する余地がなく、従つて、その罰条を適用した原判決には理由のくいちがいがあることとなる。又仮りに、右の判示をもつて酒酔運転には至らない事実を摘示したものに過ぎず、しかも、安全運転義務違反の行為を具体的に明示したものと解すると、単に刑の加重の原由とされているだけでそれ自体処罰の対象とされていない酒気帯び運転を安全運転義務違反の名を借りて独立に処罰する結果となり、法の趣旨を没却することが明らかである。)

要するに、原判決中右第三の部分についてもその罪となるべ事実の摘示として理由不備の違法があり、破棄を免れない。

第三、結論

以上の次第で、原判決は、禁錮刑を言渡した部分及び罰金刑を言渡した部分いずれについても破棄すべき理由があり、特に罰金刑を言渡した部分(安全運転義務違反の点)についてはさらに第一審の審理を尽させ事実関係を明確にさせる必要があると思われるから、その余の論旨(右各刑についての量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三七八条四号、四〇〇条本文に従い、原判決を破棄したうえ、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠松義資 裁判官 河村澄夫 裁判官 八木直道)

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